季節外れの怪談
今週のお題「急に寒いやん」
介護タクシー常連の高齢者女性Mさんが自宅を見に行きたいと言ったので、歯科から施設に帰る途中Mさん宅に寄った。変わりなかったが衣裳部屋のズボン掛けが倒れ部品やズボンが散らばっていた。元々弱ってつなぎ目をビニールテープで補強してあり、今回壊れたのは単なる劣化のせいだと思った。
一年半前に家具などほとんど処分したため家はがらんとしている。その家具処分も私が友人と1週間がかりで行った。帰り道に家の中を掃除してほしいと鍵を渡されたので引き受けた。
二日後日曜の昼前Mさん宅に行った。裏庭の水回りの掃除も依頼されたが全部で1時間で終わるほどだった、勝手口から入り玄関のブレーカーを入れると一斉に灯が点き鼻歌まじりで整理を始めた。
畳の上にあぐらをかき10本ほどのズボンを横に積んでたたんでいると突然背後でカチャカラとプラスチック同士が当たる音と激しく「バサ!バササ!」とポリ袋を振る音がした。
あぐらのまま振り返るとちり取りに引っ掛けたゴミ袋がゆっくりと垂れ下がっていた。閉め切った室内でなぜ吊り下げたゴミ袋が動いたのか。前を向くと再び背後の衣裳部屋でカチャカチャと乾いた音がした。私は振り返らなかった。
乾いた音はプラスチックのハンガーの上をネズミが歩いていたのかも知れない。ゴミ袋が垂れ下がったのは元々柱のトゲに引っかかっていたのが外れたのかも知れない
しかしゴミ袋が激しくバササと音を立てたのはなぜだろうか。
静まりかえった室内で極めて陽気にふるまいながら私は顔まで鳥肌を立てて作業をした。ソファーに山積みの衣類やタオルを押し入れにしまってくれと言われていたのでそれも片づけた。開け放った押し入れの見えない反対側が不気味に思えた。
作業を終え勝手口から出て、帰り道その足で清掃料の請求にMさんの入居先施設へ向かった。
去年家具の整理を依頼されたときも物の位置が変わっていたりして、変に思った私が親類が出入りしているのかと本人に尋ねたことがあった。鍵は自分しか持っていないと言っていた。
今まで合鍵を作られているのではないかと勘ぐっていたがそうでないかもしれない。
入居先の玄関で待っているとすぐMさんがいつも通りのサバサバした表情で出てきた。にこやかに清掃を首尾よく終えた話と次の予定を確認してその場を辞した。Mさん宅の不思議には無論一言も触れなかった。不思議の正体は何だったのであろうか、怪人ならむしろそうあって欲しいくらいだ。
帰宅し興奮気味に怪異の話をすると姪がフライパンを持っていけといった。いざというとき武器にも盾にもなる優れものらしい。
面白いから今度一人で行くとき持っていこうと思った。
ミニドライブ
ドライブと音楽
大昔
小学3年のころ実家の増築を知人の知人という若い大工の務める工務店に依頼した。
ある日その大工がやってきて唐突に自分の軽トラックに乗るかと誘ってきたので友人共々乗せてもらった。そんなことでも子供は喜ぶもので友人と一緒に何度も礼を言った。
車内にはラジカセで松任谷由美がかかっていた。 気のせいか大工は礼を言われるたびに元気が失せていく様だった。
1㎞ほど来たところで「ごめんここで降ろしていいか?」とまた唐突に言ってきた。ガラの悪いことで有名な団地の手前で、隣の学区だが帰り道がわかる場所だから友人と降りた。
2分ほどの奇妙なミニドライブが子供心に印象的だった。 それからほんの数日後両親がボソボソ相談していた。その大工が増築費用の一部100万ほどを持って逃げたのだった。
借金があったという若い大工は自分たちをどこに連れて行く気だったのかわからないが礼を言われるたびに困惑したような顔の彼を思いだし、自分たちは運が良かったと何となく思った。
工務店はヤクザが経営していると聞いてもいないのに親は教えてくれた。
旧友
少し前
近所のスーパーでやたら背の高い人が立っているので顔見たら中学の友人だった。
相手も気づいてお互い驚きながら電話番号を交換した。
スーパーの惣菜をぶら下げた私を見て何してるのと言う彼に
私も苦笑しながら俺は一人だからと答えた。
数日後すぐメールが来て韓国料理店で飲むことになった。
タクシーを呼んで出発直前迎えに行くよと友人から電話があった。先に行くと告げて店で待っていると入り口前のついたての上に長身の友人がひょっこりと顔を出した。
まず乾杯し再会を祝った。彼は不良の多い団地にいた友人だが当時は中学生らしい無邪気な話しかなく、水槽があるが金魚は餌をやらなくても生きてるとか、水泳で酸素を体にためる呼吸法や毎週火曜日2時間枠のサスペンスドラマの話をしたもんだった。
ウィスキーの記憶
ウィスキーが出てくるシーンといえば父世代は西部劇を思い浮かべるそうだが、私はよくある紳士が自宅で客に「どうかね?」と勧めている姿が思い浮かぶ。
グラス1/5ほどのストレートウィスキーを乾杯しそして密計をめぐらしたりあるいは熾烈な駆け引きをしたりするのだ。
昔は刑事コロンボを真似てバーボンを飲んでいたが、スコッチに変わり今はスコッチと国産ウィスキーを半々くらいで楽しんでいる。
ストレートウィスキーに合うツマミというと難しいのだが、個人的にはオンザロックや水割りにすればウィスキーは和食に合うと思う。スコッチもいけるがその点やはり国産ウィスキーの方が晩酌向きに出来ていると感じる。夕飯の最後の残り物をかき込んで薄くなったオンザロックで流し込んでしまうと良い気分だ。
スーパーに見慣れないサンピースウィスキーという三重県産ウィスキーが置いてあったので買ってみたところ美味かった。口当たりが良く日本人向きでどこのウィスキーか確かめたら金宮焼酎で有名な宮崎本店だった。見慣れないと書いたが作られ始めたのは戦後の混乱期とあるから他の大手の国産ウィスキーと歴史はさほど違わない。ボトル千円クラスのウィスキーではかなり美味い方だと思うが地元民にさえさほど知られず、白っぽいシンプルなラベルを見ていると腕はあるが質素な暮らしの田舎剣客のように思えた。
腹ペコだ、スコッチを頼む(トニー・スターク)
ウィスキーを飲み始めたのは大学時代からだが酒はウィスキーと決めたのはずっと以前のことである。
子供時代たくさんあった夜の映画番組が好きで「1杯どうかね?」と家の主が落ち着いて刑事コロンボにすすめるシーンが粋だった。大学で酒とタバコの修行を始めた。
アンパンと牛乳のような組み合わせは酒はなかなかない。いい酒で食事をするとお互いを損なう気さえする。ツマミにずいぶんと悩んできた。
ある噺家が天丼に酒をかけ「酒茶漬け」と称していた、日本酒のにおいで食べられなかった。道端で男性が握り飯をほお張りながら茶のように焼酎を飲んでいたのを真似したが美味しくなかった。日本酒はミョウガなど薬味と油揚げを刻んだもので飲むと安酒でも味が随分変わる。
ウィスキーの記憶。